突然ですが、MR2に関して語りたい訳ですよ。

先日、久しぶりに初代のMR2を見ました。水色にオールペンされた、見るからに「ジムカーナやってます!」みたいな車両でしたが、それもまた高感度高し。
そこで今日はMR2について語ります。長いぜー。

MR2について

MR2とは、トヨタが発売したMR方式の2シーターの車の名前です。この車はスポーティでパーソナルな大人の為のコミュニケータとして企画されました。一番の特徴は、その駆動方式です。所謂「MR」と言われる、運転席の背後にエンジンを置き、後輪を駆動する方法を取っています。車名のMRは Midship Runaboutの略称と言われていますが、この駆動方式が車名の元になった事は疑いようがありません。
そこで「MR」という駆動方式について説明します。

メジャーな駆動方式について

車の駆動方式はそのエンジンの配置位置と駆動輪の位置によって幾つかに分類されます。有名な方式は以下の通り。

  1. FF(フロントエンジン・フロントドライブ)
    フロントにエンジンを置き、同じくフロントタイヤを駆動する方式。ミニが有名。現在の車の殆どはこの方式。
  2. FR(フロントエンジン・リアドライブ)
    フロントにエンジンを置き、リアタイヤを駆動する方式。高級車やスポーツカーが良く取り入れる形式。殆どのBMWや日産シルビア、トライアンフスピットファイア等がこの方式。
  3. MR(ミッドエンジン・リアドライブ)
    運転席の後ろにエンジンを置き、リアタイヤを駆動する方式*1フォーミュラカーフェラーリなどはこの方式。
  4. RR(リアエンジン・リアドライブ)
    後輪車軸の後ろにエンジンの重心が位置されるようにエンジンを配置し、後輪を駆動する方式。ポルシェやスバルR360、FIATチンクチェントなどがこの方式。場合によってはスペース効率に優れる。
  5. 4WD(4・ホーイル・ドライブ)
    全てのホイールが駆動される方式。採用しているメーカーとしてはアウディやスバルが有名。トラクションに優れるため、最近のラリーカーでは必須。

MR方式は運転席の真後ろにエンジンを置くため、座席の為に取れるスペースが少なく、乗用車ではまず採用される事はありません。また後輪をドライブする事も車の安全性と言う意味でもマイナスです(後輪を駆動して車両を前に押すように動かす方法は、前輪を駆動して車両を引っ張るように動かす方法に比べ、本質的に不安定な為)。また最近の車ではエンジンは事故の際に積極的に壊れて運転席を守る、衝撃緩衝材の役割を果たすため、そう言った意味でもMR方式が採用される事はありません。しかしMR方式でなくてはならない事もあります。それは車を移動する為の道具ではなく、移動自体を目的とした場合に明確になります。キーワードは「重量配分」です。

曲がる事とは

運転をスポーツと考えた場合、最も重要な操作は「曲がる事」です。いかに車の向きを変え、いかに収束させるか、全ての運転はこの為の技術と言っても過言ではありません。では、いかな方式であれば車が「曲がる」のか?と言う話になります。車が曲がるとはどう言う事でしょうか?
それは車の向きが変わる事、です。
車の向きが変わると言う事は、車の重心を中心として車がコマのように回転する、と言い換える事もできます。この時、重要なのは車に配置された各部品の重量バランスがとれている事です。例えば、バランスの悪いコマは、回そうとしても回らずに倒れてしまいます。それと同じ事が車にも言えます。バランスが悪い場合、各タイヤに掛かる力が一定にならず、一部のタイヤのみグリップの限界を超えてスリップしてしまう。つまり、そのタイヤが限界を超えないような力しか曲げる為に使えず、限界が低くなると言う事になります。
また同じくらい重要な点として、「重いものは中心寄りに配置する」と言うセオリーもあります。これは慣性の問題です。重い物は重心の近くにある方が全体としての慣性は小さくなり、僅かな力で回る事が可能になるからです(中心に鉛が配置されているコマと縁周に同じだけの重さの鉛が巻きつけてあるコマのどちらが「回し始め易いか」を考えると判り易いと思います)。
その為、最も理想な形は重量のある物を重心近くに置き、各タイヤに掛かる力が等しくなる事です。そこで、まず考えなくてはならないのは、車を構成する部品のなかで最も重い「エンジン」の配置場所です。MRはこの点の他のどの方式よりも優れています。つまり運転席を前に、エンジンを後ろに置くことで重心の近くにエンジンを配置する事ができ、結果的にタイヤに掛かる力を全て等しくする事が可能であり、結果的に重量を中心近くに置ける為、必要な回転モーメントを小さくする事が出来ます。これはFRやRRには出来ない、構造的な利点です(ただしRX-8等は小さなエンジンを極力後ろに配置する事で、前後の重量配分は50対50を実現しています)。*2

MR方式の実現方法

スポーツカーとしては有利な方式でありながら、日本の自動車メーカーがMR方式を採用する事例は余りありません。それはスペース効率に劣る事(荷物も人も乗せられない車になってしまう)と、使い回しが利かないプラットフォーム(シャーシ)となってしまう事が原因です。開発費削減の為、複数の車種で同じプラットフォームを使い回す事は最近では当たり前の事になっています。例えば、トヨタヴィッツ/プラッツ/BB/ファンカーゴ等は同じプラットフォームです。
この様に、通常は採用し難いが利点のある駆動方式を実現させる為に、トヨタMR2で少し変わったアプローチを取りました。それは「普通のFFのプラットフォームを前後逆にする」と言う物です。運転席の前にエンジンを置き、前輪を駆動するプラットフォームを前後逆にする事で「運転席の後ろにエンジンを置き、後輪を駆動する(つまりMR)」プラットフォームに変えてしまったのです。これにより安価なMR方式の車を開発する事が出来ました。この実現方法は決して珍しい物では無く、イタリアのFIAT X1/9等も同じ方法であり、この車をトヨタが参考にしたと言う背景もあるようです。

MR2の利点

MR2の利点は構成から来る運動性の良さだけではありません。大きなエンジンを前に置かずに済む事からボンネットを低く抑える事が出来る為、とても視界が良好であり、気持ちよく運転をする事が出来ました。その代り、エンジンを後ろに置く為、荷室は小さく乗員も2名のみとなっていました。そこで、この車が発売された当初のマーケティングではキャリアウーマンが自分の為に乗る上質な車、としてターゲッティングされていたそうです。

MR2のその後

MR2は初代(1984年)のAWモデルから、1989年のフルモデルチェンジを経て近代的なSWモデルになり、長い間マイナーチェンジを繰り返しながら愛され続けましたが、スポーツカー文化の廃れを象徴するように、フルモデルチェンジから10年後、1999年に発売中止となりました。しかし、トヨタMR-Sと言う名前で今でもMR方式の車を発売し続けています。車に魂と言うものがあるならば、それはMR-Sに受け継がれ、今でも多くの人にMR方式の素晴らしさ、楽しさを伝えているのです。

*1:正確には前後の車軸間にエンジンを置き、後輪を駆動する方式を指すと思いますが、判りやすさを優先しています。

*2:余談になりますが、同じく曲がりやすくする為の重要なポイントとして「正方形を描くようにタイヤが配置されている」と言う事もあります。前後のタイヤ間隔と左右のタイヤ間隔が同じであれば運動性能を上げる事が出来ます。例えば僕が最も好きなラリーカーである「ランチアストラトスは」3ナンバー車と同じような車両幅でありながら、軽自動車と同程度のホイールベース(前後のタイヤ幅)を持つ、乗用車としては極めて歪な構成になっています。