さまよう刃:東野圭吾

「愛する娘を殺された父親が犯人に復讐する」。ストーリーは決して難しいものでは有りませんし、これはミステリの範疇には入らない物語だと思っています。主題は余りに重く、余りに救いが有りませんし、さしたるどんでん返しもありません。だけどこの構成は、東野圭吾が書きたかった(と僕が思っている)主題をこれ以上無い位ストレートに、これ以上無い位強く、僕に伝えます。作中では数々の親子愛が描かれます。如何な立場であれ親は子を愛し、その為であればどのような選択肢であっても目に入らない、盲目的なまでの愛。現在の法では決して許されない行為であれ、親は子をこそ愛する、という強いメッセージ。
人間が社会を作り、法を築いたのは、皆が平均的な幸せを求めるためです。人を貶められる事無く、貶める事無く。法をこそ正義と皆が信じる事で、今の社会は成り立っています。しかし法が人を幸せにする事は無いのです。互いに縛り合う事で平均を求めた今の法では、決して奈落のような不幸に見舞われた主人公を救済する事は出来ません。主人公はそれ以外の選択肢が無いものと確信して、法に頼らず自らの手でせめてものバランスを取り返そうとします。しかし、それは「法によって妨げられるべき行為」なのです。
皆が間違いだらけの毎日の中で、それに気が付かないように巧妙に自らを、世界を騙しながら暮らしています。この世の中に正しい事はたった一つしかなくて、それは「みんな必ず何処かを間違えている」と言う、救いも希望もない事実だと思います。皆が日々、人生で決断し続けていても、選べる答えは良くて「妥当」だし、大体は「間違い」なのです。
そんな世界の中で、自らが信じられる灯火はやはり「誰かの為に生きたい」と言う、人間の本性だけなのかも知れません。この本では、決して直接的にそれらが語られることはありませんが、僕にはそう語っているように思えました。
【お勧め】★★★★☆(キツい描写もあるので、お勧めは4つで)