スカイ・クロラ:森 博嗣

スカイ・クロラ (中公文庫)自分と世界の関係が希薄だと感じるのは、誰だって若い頃にあって(いつまでたってもそうだと思う人も居るだろうけど)、それは世の中の大きさを把握できる割には、自分の力が世の中に影響を与えていると感じられなくなった、やや不幸な時代のせいなのだろうと思います。この本もそう言った視点の影響を感じますが、話はもうちょっと踏み込んでいて、永遠に子供で居なくてはならない特殊な戦闘機乗りの話です。
彼らの生活感の薄い、刹那的な生活はまるで「高校生活」を髣髴させます。恐らく読者の対象はその辺りの年齢なのかな?と思いました。舞台設定的には「戦闘妖精・雪風」によく似ているように思いますが、その辺りの違いがこの小説を独特な存在にしているようです。
高校生活というのは独特なもので、ライバル達と仲良く学びつつも、社会を知らない自分達はその生業に本質的な納得が出来ておらず、しかし期末試験や入試等、いくらでも人生の分岐ばかりが迫ってくると言う、大人になって冷静に考えればかなり過酷な状況ではあるのです。それは前線の情報や上部の方針が全く展開されない「基地」に似ているかもしれません。
作者が最後にその主人公達の秘密を何の躊躇いも無く明らかにする所から、作者の意図として主人公達と自分達の違いから何かを読み解いて欲しい、と考えているのかもしれません。事前の複線の仕掛け方から考えると、それくらい不自然な書き方なのです。
主人公達と僕らの大きな違いは「過去の蓄積」にあります。少しずつ記憶を再構築し、転戦と共に過去を「確実に」失う主人公と、過去を忘れつつも蓄積を続ける僕ら。作中に過去と未来が同義だと言う趣旨の発言がありますが、それはつまり読者である僕らには未来があり、登場人物に共感しつつもそれだけであってはならない、と言う作者のメッセージかも知れません。

あと、話を楽しく読むためには、戦闘機(出来ればレシプロ機)の基本的な舵の名前ぐらいは知っておいた方が良さそうです。あと機動方法の基本も。「ロール」と言う単語がが判らないとか、そういうレベルだとちょっと面白みを逃すかも。

ちなみに「クロラ」はCrawlersで「(幼児の)はいはい歩きをする者、這いずる者」と言うような意味になります。スカイ・クロラの「空を這いずる」というのは戦闘機の隠喩でしょうし、主人公達を示す言葉でもあるのでしょうね。良い題名だと思います。
【お勧め】★★★☆☆(空戦の、死を隣に置いた爽快感も良いなぁ)