喪失の国、日本:M・K・シャルマ(山田和:訳)

インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」 喪失の国、日本 (文春文庫)インドの若きエリート会社員が市場調査として日本に滞在した滞在記です。様々な印日間の慣習の違いについて深い洞察力で指摘していて、単なる面白おかしい滞在記に留まっていない所が素晴らしいです。日本に暮らす日本人と言うのは基本的に他の民族や異文化に触れることが少ないために気が付きませんが、この本を読むとなんと日本の常識が非常識な物なのか、気が付かされます。またその僕らの常識についても僕達は「ただ、そこにあるもの」と感じがちですが、著者の丁寧な考察によって、常識の生まれた理由についてまで、一つずつ明らかになってゆきます(勿論、それが正しいと言う保障は無いのですが)。
とはいえ、本書は小難しい理屈が延々捏ねられる退屈な本ではなく、滞在中の驚きや失敗についても読みやすく語られていて、余り難しく考えなくても大変、面白いです。
僕が特に印象に残ったのは三島由紀夫に関する考察です。著者は元々親日家的な気持ちを持っており、*1在学中に英訳された三島由紀夫の「金閣寺」を読んでいたのだそうですが、それを通しインド的視点から、日本では民族主義者として知られる彼は実はそうではない、との論を展開します。日本人である僕はその全てに同意できる訳ではないですが、それを別に考えても著者の洞察の深さに驚きを感じます。
ところでこの本は、余りにも良く出来ているせいか、M・K・シャルマというのは架空の人物で訳者の山田和による創作ではないか?との考えがあるそうです。例えばインド人向けの本の翻訳であるにも関わらず、インド慣習についての説明が細かすぎる(インド人には自明であるので不要なはず)、であったり話が良く出て良すぎる等、の理由からです。僕としては最初に著者によって英訳された時*2に、日本人向けに書き直された可能性があるのではないか?と考えていますし、訳者も翻訳の歳、日本人向けに著者の許可を得て内容の補足を行っているとの注意書きをしているので、全くの創作とは思っていません。
ただ、この本が誰によって作成された物であろうと、インドと日本の文化について、素晴らしい切り口で語ってくれた本である事に変わりはないと思います。
【お勧め】★★★★☆(すげー面白かった!お勧め!)

*1:その理由がインパール作戦で日本軍と共に戦った父親の影響、と言うのもすごい。

*2:訳者にこの本を読ませるため、著者によってヒンディー語から英語に翻訳された経緯があります。